「僕、先生のこと、なんか好きでした。」
突然の告白に、オレは理性をとどめるのに
必死だった…

彼はオレのクライエント
出会ってからもうじき1年になるが
その間ほんとうにお互いが
いろいろな話をしてきた。

初めて彼がオレの元へ訪れた時
もうすぐ二十歳になるという年頃ときき
無精ひげでも伸び放題かもと思い
無駄に若づくりしている僕では
いささか頼りなく見られるかなと危惧したが
対面して、まったく杞憂だと悟った。

はにかんだ笑顔と汚れないまなざしをもった
彼は純真な少年そのものだった。
たとえて言うなら、将来
保育士か高齢者の介護士になりそうな
献身的な優しさを身にまとったような
少年だった。
1155537_1200
もちろん彼の方がクライエントなので
オレはひととおり彼の悩みを
「うんうん」と相槌を打ちながら聞くんだけど、
つい自分にもそんな悩みがあったなーと
思い出して自叙伝を語っちゃうんで
いったいどっちがカウンセリング受けてるのか
わからなくなってくる。
photo_16
「先生、そういう時は、こう考えればいいんですよ。」
「あっそうか、なるほど。
 そうすりゃ悩まなくていいよな。
 解決してくれて、ありがとう。」
「ははは…」
とりあえず回を重ねるごとに
少年の眼は輝きを増し
生き生きとした表情になって
帰っていくもんだから
オレも少しはお役に立っているのかね…
c40e5bfb
そんな彼ともいよいよ最後の面談となった。
いつになく長い時間、少年と目が合い
その瞳の中のオレの顔が、
何かを待ち受けているように揺らめいた。
少年は、つと席を立った。
「先生、今までずっと、僕と一緒にいてくださり
 本当にありがとうございました。
 僕、先生のこと、なんか好きでした。」
そう言って少年は、頭を下げたきり
顔を上げられずにいた。
オレも思わず立ち上がり
ごく自然に彼の前に両手を差し出した。
少年は自分からオレの胸に飛び込んできた。
オレは「…おいおい…」と言いつつ
いつしか彼の背中に手を回し、抱きしめていた…
1e3386bc404f28317bb05653fcaf9962
3呼吸半の間、オレたちはじっと動かなかった。
でも4回目の呼吸音で、オレははっと我に返る。
そして彼の背中をポンポンとリズミカルにたたくことで
「おしまい」の合図を送った。

「それじゃあ元気で…また、いつでもおいでよ。
 あっ、ここに誘っちゃダメだよな。」
「…はは。ありがとうございました。」
笑顔を取り戻して去っていく少年を見送った後
崩れ落ちそうな自分を抱きしめてもらいたい
オレが一人残った。


あれから何度目かのお盆がめぐってきた。
迎え火の中に、あの時の記憶が
鮮やかによみがえってきて
ありし日の少年に、一輪の花をささげ
3呼吸半、手を合わせた…
G6BZUDmg
CX056crQ



合わせて読みたい過去記事はこちら