かつてAIDSの流行が、わが種族の生存を脅かし、
僕らを心底震え上がらせた時代があったことを、
皆様はどれほど記憶にとどめているでしょうか?
今でこそAIDSは特効薬で進行を遅らせられる
めったに死なない病気の一つとなりましたが、
当時、自分にもHIV感染の不安があって
思いきって保健所で検査した時の、
運命を賭した1時間の記憶は、
今なお痛恨の思いでよみがえります。
今宵は当時を振り返りながら
裁きの門の前で、人はまず自分の死をおそれ、
そして他者への感染の恐れに苛まれていく
二重の恐怖と不安があることを、
他人事でなく、お聞きいただけたらと思います。
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その日、オレは出かけました。
自分の命の長さを測るために…
前回、医療機関を訪れてから
5年の歳月が経過していました。
あれから5年も生きながらえたということで
ほんとに幸せ者だったと思います。
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正直、自分の人生に悔いはありませんでしたし、
やりたいことを、やりたいだけ
やってきたのだから、
いつ、どんな裁きを受けても
自業自得だよって、笑って応えるつもりでした。
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けれども、予想どおりの判定が下されたとして
まず恐れるのは、自分の命の危険だけど
それよりも不安に陥れるのは
自分を愛してくれた者たちにも
多大な迷惑や不幸を与えてしまうという
この病の感染がもたらすおそろしさです。
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愛するがゆえに愛する者たちを
道連れにしていってしまってよいものか?
しかも彼らには、自分と関わったこと以外の
落ち度はないのに?
自分は被害者以上に加害者なのだ。
この煩悶は、幾度となく自分を苦しめました。
病の恐怖から、全ての思考をシャットダウンしても
なお、その罪悪感が襲ってくるのです。
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それでもやはり自分の命も大事だから
どんな判定が下されたにせよ、
生きられるだけは生きてみたい。
周囲にご迷惑をかけてしまうのは、
償いきれないものですが、
オレの出会った人たちに対して
最後にせめてもの感謝を遺していきたいと
思っています。
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…あれから10年、今なお、ふてぶてしく
生き延びているオレですが、
当時の自分を振り返ってみた時
あの場で、本当におびえていたのは
自らの死ではなく、自分と関わった人たちへの
感染のリスクだったのではないかと、
今ではそんな気がしています。
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「○○○勤務の○○、○○才男性、新型コロナ感染」
確かに罹るスキをつくった自分が悪いかも知れません。
けれどもこのタイトルは、もはや極悪人扱いです。
自分の権利を主張できる立場ではないでしょうが
職場名まで晒されてしまう感染者のプライバシーは
どこで守ってもらえるのでしょうか…
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ちなみに僕の仕事場は、三密この上ないです。
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