「こころ」の第三章は
私の元に届いた「先生」の遺書に書かれていた
中身そのものになります。
そこにはもう危篤の父も姿を消し
それどころか今遺書を読んでいる私自身さえ
小説の舞台から消えてしまっているのです。
DWonHGPU8AEfWIX
在るのは過去の若い頃の「先生」と「友人K」の二人、
彼らが物語の終章を引き継いでいきます。

「友人K」とは先生にとって人生最大のライバルでした。
Kは文武両道の男で明晰な頭脳と強靭な肉体とを持ち
あたかも哲学者のように己の生き様を見据えていました。
joeyabukitani-img1200x583-1565776419qk65t727306
c9687d71 (2)
「先生」はそんなKに対して
羨望と嫉妬と、そして崇高な憧れを抱いていました。
だからこそ自分と同じ下宿にKを同居させ
Kと同じ空気を吸いこもうとするのです。
11436333_p0_square1200
しかしそこには大家のお嬢さんという
男同士の相愛には甚だ不要な存在がありました。
小説ではお嬢さんを最初に好きになったのは
「先生」であり、後からKが割り込んできて
男女の三角関係になったかのように描かれますが
むしろ割り込んできたのはお嬢さんで
Kと先生との間に何人も立ち入るべきではありませんでした。
このあたり所論が紛々としておりますが、
漱石の「こころ」に登場してくる女性に
共通して見られるのは、その存在感の希薄さです。
Kと先生から同時に愛されたお嬢さんとは
まるで薄い紙一枚のブロマイドのように
美しき幻影のままの存在にしかなり得ません。
むしろ脈々と血と愛を交わし合っているのは
Kと先生の男二人のように思えてなりません。
i=https%253A
しかしKはお嬢さん以上に「先生」を愛するがゆえに
自らの命を断つことで、二人の幸せを乞うのです。
その哀しみに潤んだKの瞳を最後に看取った「先生」は
最愛の友から何を汲み取ったのか…
155135_01
EFXM83GUwAA5T7v
Kの死後、お嬢さんは「先生」の奥さんに収まりますが、
なおいっそう幽霊の如く影を潜めていきます。
それに引きかえ、Kは先生のこころの中で
永遠に生き続け、愛の慟哭を交わし続けることに
なるのです。
1209d0f1
第一章で「先生」と「私」は出会い
第二章で「私」は「父」にも「先生」にも先立たれ
第三章でその「先生」ですらかつて
最愛の友人「K」に先立たれているのですから
これは、愛する男たちすべて喪失していく物語でした。
「こころ」の読後に言いようのない哀しみに
襲われるのは、この世界に生きた男たちの
かなえられぬ愛の連鎖が、
こころを締めつけるからだと思うのです。
無題
合わせて読みたい過去記事はこちら